日々のことや研究のことなど

  • 学会 (7) — 犯罪心理学会

    これもだいぶ前のことですが、2018年の最後の学会は12月前半の第56回犯罪心理学会@奈良文化会館でした。
    プロファイリングや虚偽検出をはじめとする捜査心理学の最先端の勉強ができたのでよかった!
    私もパートナー暴力と婚姻関係についての研究を発表させていただきました。

    そういえば、珍しく夜行バスで行ったんですよねーこのころはお金が本当になかった笑
    阿修羅やら、さくっと行けるところを一通り回ってみました。


    鹿もいました。

    修学旅行生だろう子らがたくさんいましたが、まあ元気ですこと笑
    青春ですねー(なお私は単独)

    奈良はいろいろと閉まるのが早いので、奈良からバスに乗ろうと思っていたけれどプランを変更して京都に足をのばしてみました。
    といっても、そこそこ夜になっていたのでとりあえず稲荷伏見へ。
    石段がずっと続き、鳥居がずっと並んでいるあれです。

    正直舐めてました。
    20分くらいで山頂に到着できると思っていましたが、余裕で1時間くらいかかりました。
    そんなところなので、初めはいろんな人がいたのに、頂上に行ったら誰もいませんでした笑


    あれ?これ頂上だよね?笑
    仁和寺にある法師やっちゃってないよね?笑
    降りるのにも一苦労でした。

    でもいい具合に充実(笑)してよかったです。
    ライトアップされてたし、ねこもいたし。

  • 社会と研究をつなぐ (4) — サイエンスカフェ

    明治大学科学コミュニケーション研究所主催の第10回サイエンスカフェにて、「『あなたの性格当てて見せます、科学的に』は信じていいのか?」というタイトルで話題提供をさせていただきました。
    今回は、研究者の先生方だけではなく様々なお仕事やバックグラウンドを持つ方々が参加してくださいました。
    私は今まで研究オンリーでやってきましたが、さまざまな視点や、鋭いご質問などをいただき、大変勉強になりました。
    研究を進めるだけでなく、社会一般にその知見はどんどん広めていくことの有益さを改めて感じました。
    このような機会をくださり、大変感謝いたします。

    そういえば、久しぶりに東京にきました。
    とはいえ、2か月ぶりくらいですが。
    講演をさせていただいた次の日はオープンキャンパスだったのでそのまま大阪に帰りましたが、久しぶりの東京は安心できる顔ぶれで心が安定しますね笑

  • 社会と研究をつなぐ (3) — 人類学談話会

    半年ほど経ってしまいましたが、東京大学進化人類学研究室のセミナーにて講演をさせていただきました。
    これまでは基本的に心理学領域の方々を対象にトークしていましたが、今回は進化人類学に精通している先生方が多数ご出席してくださり、大変勉強になりました。
    と同時に、進化心理学的アプローチには進化生物学の深い知識が不可欠であり、一人で行う研究には限界があるなあとも思いました。
    学際的にチームで研究していければいいなあと感じます。

    ちなみにここの研究室の方々とは、ラー油を作ったり、

    キムチを自作して豚キムチ食べたり、

    サムゲタン作ったりさせていただきました笑

    といっても、私はあまり貢献していませんが、、、
    ありがとうございます。

  • 社会と研究をつなぐ(2)ー東京大学CASEER主催シンポジウム

    1月27日に、現在所属している東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター(CASEER)主催のシンポジウムがありました。
    東大附属卒業生や、現在東大附属の現場の先生方をはじめ、専門家の方々がさまざまな角度から中等教育についてのご発表をされ、大変実りあるシンポジウムでした。
    私も話題提供者として登壇させていただき、卒業生調査の結果を報告させていただくことができました。
    また、多くの方にご参加いただき、フロアからの鋭いご質問や活発なディスカッションがなされ、視野が少し広がったように思うと同時に、研究は現場との連携が必要なこと、もっと言えば、現場を含むさまざまな角度から多角的に現象を捉え、コントロールすることが必要であると再確認しました。

    今後も積極的な研究知見の社会的還元に携わっていければと思います。

    しかし、このポスター、かっこいいなあ笑

  • 社会と研究をつなぐ(1)―講演会@大分

    大分県の地域活性化にかかわる講演会でゲストスピーカーとして講演してきました。
    このような社会貢献への活動は積極的に受けていきたいですね。
    私のお師匠もいろいろな社会貢献活動に積極的だったので、見習っていきたいと思います。

    湯布院にいって別府の温泉入ってきました。

    ちなみに、大分駅すぐのところに「餃子飯店」というラーメン屋さんがあるのですが、HKTさっしーのいとこがされてるお店とのことです。
    でもそれはそれとして、ラーメンは九州には珍しく豚骨ではなく鶏ガラ醤油スープで、餃子ともどもとてもおいしいところなので、大分に行った時には足を運んでみるといいと思います。
    鶏ネギラーメンと、売り切れていなければ山菜ごはんを一緒に食べると捗ります。

    (撮影・投稿許可はいただきました笑)

  • つれづれですね

    ◆ネットで見た対義語
    ①天使のブラ⇔鬼のパンツ
    ②にわか雨⇔ガチムチ
    ③鳥貴族⇔魚民
    ④引っ張りだこ⇔のしイカ
    ⑤女子会⇔男塾
    ⑥SEKAI NO OWARI⇔BEGIN
    ⑦森ガール⇔海坊主
    ⑧レディ・ガガ⇔ミスター・ポポ
    ⑨あばれる君⇔しずかちゃん
    ⑩白い恋人←桃色の片思い→赤の他人

    …1番秀逸なのどれかな

    ツイッターで流れてきたこれ、ちょっと論考してみる。

    まずはじめに、結論として、2が最も秀逸であると考える。
    ただし、いずれの対も秀逸であり、僅差で、また個人的な嗜好によって2が秀逸だと結論づけたと言わざるを得ない。

    上記の理由から、加点方式あるいは直接法的によい点を挙げていく方法ではなかなか決着をつけ難い。そこで、まずは減点方式あるいは消去法的手法をとってみたい。

    はじめに除外されるのは、8レディガガ-ミスターポポおよびあばれる君-しずかちゃんだろう。
    なぜなら、対比が相対的に弱いためである。具体的に見ていこう。8レディとミスターの対比は秀逸である一方で、ガガとポポには実は対比らしい対比はない。もちろん、同じカタカナが並び、かつ濁点(半濁点)が付くという点は共通するものの、それだけである。
    9あばれるとしずか、の対はひとまず棚上げして、君とちゃんに着目しよう。この対はもちろん対比ではあるものの、一般化されているワードの対であり、対比として押し出すほど秀逸な点であるとは言えない。また、先ほど棚上げしたあばれるとしずかの対がこの弱点を補えるかというと、ここでも対というにははっきりせず(すなわち、たしかに対比されているが、しずかの反対はうるさい、が正当で、あばれるはうるさいを想像させる二次的なワードに過ぎない)、また、はっきりしなくてもゴリ押しできるようなインパクトもない。

    次に除外されるのは、5女子会-男塾だろう。なぜなら、実はこの対は対比のテイをなしていないためだ。女子と男の対比はさておき、会と塾は明らかに単なる共通項である。
    しかし、この対が先の2つと異なるのは、その圧倒的なインパクトである。男塾というワードは固有名詞であり、実際の話もインパクトの塊と言っていいような内容である。さらに、先ほど対比ではないと指摘したものの、実は想像によって対比が形成される。すなわち、女子会というきゃっきゃうふふに対して男だけのむさ苦しさや殺伐感の対比が容易に想像される(なお、実際の女子会がきゃっきゃうふふではない可能性については本論考の範囲を超えるため言及しない)。

    ここから先は、極めて接戦となる(もちろん、ここまでで除外した3対も極めて秀逸な対であったことは疑いようもない)。
    しかし、あえてここでは、7森ガール-海坊主を除外する。まず、森と海の対比は極めて秀逸であるが、冷静に考えるならば、山と海がより典型的な対比だろう。また、ガールと坊主も同様に秀逸である。特に単に逆ではなく、言わば対偶とも言えるべき構造は極めて豊かな発想であると言えよう。しかし、いかんせん、ガールというワードに対して坊主というワードは、対9で指摘したような、年配の男性を想像させる二次的なワードに過ぎない。
    しかしながら、ここまでで対7が除外されなかったことの大きな要因は、共に一つのワードとして完結しているにもかかわらず、その中に2つの対を見出し、また、先ほど指摘したような対偶的な対を形成していたため、つまり、全体としてのまとまりが秀逸だったためである。

    さて、この段階になると、6SEKAI NO OWARI-BEGINを除外せざるを得ない。むしろ、読者の中には、なぜこの対がここまで残っているのかを疑問に思う方もいるだろう。
    まず、この対も対偶的な形を成している。すなわち方や日本語、方や英語である。また、共にミュージシャンという点が共通することもポイントが高い。ここでのポイントは、「ありふれたワード同士ではなく各々が唯一無二のネームにもかかわらず極めて秀逸な対比がなされている」ということが重要である。
    つまり、これまで除外してきた対とは異なり、ピンポイントなワードの組み合わせだったため、ここまで残した。
    しかし、惜しむらくは、一つの対比しか含んでいない点である。これまで除外してきた対も2つの対比を含んでいた。

    ここで、ついに10白い恋人-桃色の片思い-赤の他人を除外する。これ以降の除外は、筆者も断腸の思いである。
    ここで除外される理由は、インパクトに欠けるという点に尽きる。中間を含めることでより綺麗なまとまりを見せているものの、恋人←片思い←他人、の流れはどうも社会の表層しか見ていないような、浅いような、そんなイメージが湧いてしまう。ここまでいくともはや個人の好みだが、世の中そんなに単純で理想通りにいかないと思うし、そういう意味で、インパクトが弱い(言い換えれば辞書的である)と結論づけ、除外する。

    残るは対1-4であるが、ここからは、加点方式でいかに2にわか雨-ガチムチが秀逸かを、その他の対には見られない点を中心に説明していきたい。
    まず、いずれの対も、固有名詞ないし非ありふれワードで成り立ち、2つ以上の対比を含む。
    しかもそれぞれの対比はいずれも「対」のテイを成している、すなわち、明確な反対のワードから成り立っている。

    しかし、2はその中でもさらに異彩を放つ。具体的には、次の3点である: 1)飴と鞭を、飴でもなく鞭でもなくまったく関係のない雨とムチ(マッスル的な意味で用いられる)で表現していること、2)にわか-ガチの対比も秀逸ながら、「にわか雨」「ガチムチ」というそれぞれ完成した一つのワードから成り立っていること、3)そして極めて強烈なインパクトをあたえること、である。

    以上の点より、筆者は対2が最も秀逸であると主張する。

    反対意見へのディフェンス:
    1)にわかとガチが明らかな対比と言えるのか(ガチに対して素人が正当では?)
    2)雨とムチは、むしろこじつけで、対比というにはおかしいのでは?
    あたりが反対意見として指摘される点だろう。
    まず1については、明確な対比であることに加え、「素人」ではなく「にわか」を使うことで、ガチと同様いずれも今の時代にこそ使われるワードという共通点が付与され、むしろ現代に対する皮肉をも内包するかのような極めて秀逸な対比であると考えられる。
    次に、2について、ここには筆者の好みが最も強く反映されているため、反対意見はそのまま受け入れざるを得ない。
    しかし、あからさまな対比として示さず、しかし実は緻密な対比であるという奥ゆかしさ、または能ある鷹は爪を隠す的な何某か、さらには、それが巧妙にそれぞれ一つの完成されたワードに隠されている、という点を、筆者は評価した。

    自分なにやってんだろ笑

  • 学会(6)ーパーソナリティ心理学会&社会心理学会

    立命館(パソ心)と追手門学院(社心)にいってきましたー大阪はいいところです!
    あんまり観光はできませんでしたが、一応串カツ食べて551買えたからよしとします。

  • 学会(5)―European Conference on Personality

    クロアチアのザダル大学にて。
    どこもすごくきれいなところでした。
    こういうところに住んで毎日ぼーっとしていたい笑

  • 学会(4)―社会心理学会

    社会心理学会第58回@広島いってきましたー!
    宮島にも行きました。
    宮島は毎回行ってますが,いいところです本当に。

  • 自分を制御できない!

    この前のパーソナリティ心理学会(第25回大会;於 関西大学)で口頭発表をさせていただいたシンポジウムはDark Triadと自己制御がテーマでした。
    そのため今回はシンポジウムの最初にも紹介されていたDark Triadと自己制御系の論文の紹介。
    ざっくり言うと,自己制御とDark Triadを質問紙で測定し,その関連を示したというもの。
    結論から言えば,サイコパシーとマキャベリアニズムは自己制御が低いというもの。
    ただし,いくつか気をつけなきゃいけない点も。

    Jonason, P. K., & Tost, J. (2010). I just cannot control myself: The Dark Triad and self-control. Personality and Individual Differences, 49(6), 611-615. doi:10.1016/j.paid.2010.05.031

    この論文では2つの研究が行われた。両方質問紙調査。
    研究1では,N=259,大学の心理学科生(72%が女性,平均21歳)での調査。
    Dark Triadの測定は,NPI(ナルシシズム測定),SRP-III(サイコパシー測定),Mach-IV(マキャベリアニズム測定)でそれぞれDark Triadの各側面を測定し,また,各得点を標準化して参加者ごとに全平均した得点をDark Triad得点とした。
    自己制御の測定は,自己制御尺度,将来結果の展望尺度,大人用ADHDチェックリスト
    結果,Dark Triad特典は自己制御,将来結果の展望と負の関連が示され,ADHDと正の関連が示された。
    Dark Triadの各側面に分解して見ると,
    サイコパシーは自己制御,将来結果の展望と負の相関,ADHDと正の相関が示された。
    ナルシシズムでも,自己制御と負の相関が示された。
    マキャベリでは有意な相関なし。
    重回帰分析(*)でDark Triadの3側面を説明変数にすると,サイコパシーのみが自己制御(負),将来結果の展望(負),ADHD(正)に特有な関連を示した。

    研究2では,N=97,大学の心理学科生(73%が女性,平均19歳)での調査。
    Dark Triadの測定はDark Triad Dirty Dozen(DTDD)で,これはDark Triadの各側面を4項目ずつで測定する合計12項目の尺度。
    自己制御は研究1と同様,自己制御尺度,将来結果の展望尺度,大人用ADHDチェックリスト。
    研究1と同様,Dark Triadは自己制御の3変数と有意に相関した(自己制御,将来結果の展望と負,ADHDと正の相関)。
    一方で,Dark Triadの各側面に分解すると,
    サイコパシーはADHDとの関連が優位ではなく,
    ナルシシズムは自己制御との負の関連に加えてADHDとの正の関連が示された。
    マキャベリは研究1とは異なり,自己制御の3変数と有意な相関を示した(符号のパタンはDark Triad得点と同様)。
    重回帰分析でも研究1とは異なり,マキャベリのみが自己制御,将来結果の展望に特有の負の関連を示した。

    結局,Dark Triadの各側面を独立に測定する尺度を用いるとサイコパシーの自己制御が低い,という結果で,DTDDで測定するとマキャベリの自己制御が低い,という結果になるということ。
    これはJonasonとTostもリミテイションとして挙げているのだけれど,ちょっと雑すぎやしませんか笑
    まあパブリッシュされているから大正義かもしれないけど。

    結局,Dark Triadが自己制御不全なのか,Dark Triadのうち自己制御が低いパーソナリティがあるのかどうかは不明のままですねー。
    ちなみに,この論文では進化心理学的観点からの考察がなされていて,そこで言及された進化理論は生活史戦略理論というもの。
    これもなかなか危ういのだけれど,考え方として面白いのでいずれ紹介したいと思います。

    *重回帰分析
    2つの変数の関連性を検討するのだが,そこで算出される係数(偏回帰係数)が一般的な相関係数(ゼロ次相関)とは異なる。
    具体的にはゼロ次相関ではなく部分相関みたいなもの。
    変数がx1,x2,x3,y,という状況を考える。
    x1とyの関係を検討する際に,相関分析ではゼロ次相関を算出する。
    ここで,x1にはx2やx3と共通する要素が入っているため,x1とyの相関係数はx1“特有の”yとの関係ではない。
    一方で,重回帰分析でx1-3を説明変数,yを目的変数とし,x1とyの関係を検討する際には偏回帰係数を算出する。
    偏回帰係数は,当該の説明変数以外の説明変数を統制したyとの関連を示すもの。
    つまり,x1に含まれるx2やx3の影響は除外し,x1“特有の”yとの関連性を示す。

    Dark Triadの研究でよくなされるのが,相関係数と偏回帰係数を算出するというもの。
    相関係数はもはや慣例みたいな感じで,偏回帰係数で考察する。
    マキャベリ,ナルシ,サイコを説明変数とした重回帰分析をすることで,それぞれの偏回帰係数は当該変数以外の効果を統制した,当該変数特有の効果,と言えるためである。
    ※もちろん,厳密に当該変数特有の効果,ということは言えない。なぜなら,当該変数以外の効果として統制できるのは,その分析に投入した説明変数のみであるからである。つまり,説明変数に含まれていないけど当該変数と共通する,という変数があれば,当該変数の効果には,“説明変数に含まれていないけど当該変数と共通する”変数の効果が含まれていることになる。